あべファームとは

家族で営む、小さな古民家宿です

私たちは大分県宇佐市安心院(あじむ)の里山で、農業と一日一組の古民家宿を営む家族です。

安心院は、日本の農泊発祥の地です。
私たちが目指しているのは、ただ泊まるだけの宿ではありません。

畑で野菜を採ったり、川で遊んだり、一緒にご飯を食べたり。
都会に暮らすご家族にとって、安心院が「また帰ってきたい」と思える第二のふるさとになればと考えています。

家族で小さく、コツコツと。安心院で受け継がれてきた暮らしを、次の世代につないでいきます。 

メンバー

安倍家は、安心院の小さな集落で、200年以上にわたって農業を中心に生活を営んできました。私たちは農家の気風を受け継いだ「まじめにコツコツ」タイプですが、かたいことにはあまりこだわらないおおらかな家族です。

農場長・とおる(父)

畑仕事と、子どもと遊ぶのが大好きな農場長です。生まれも育ちも安心院です。3人の子供を育てながら65歳まで働きました。定年後に安心院に帰郷し、野菜作り農家になりました。

荒れていた農地をコツコツ再生させ、現在はユズ畑などを含めてサッカーコート1.5個分くらいの大きさの畑を運営しています。年間を通じて約60品目のおいしくて安心な野菜を生産しています。

料理とおもてなし・くみこ(母)

料理と掃除が大好きで、家族の健康を何より大切にしています。宇佐市の出身で、看護師として30年以上働きながら、子ども3人を元気に育ててきました。

きてくれた人に田舎ならではのおいしいご飯を食べてほしいと願い、家庭料理の腕を磨き続けています。

宿と体験・だいすけ

旅が大好きな次男です。バックパッカーとして世界を歩き、自転車で日本縦断をしたり、軽トラで日本一周したりしました。東京で新聞記者(日本経済新聞)として12年働いてきました。

現在は築158年の古民家宿「あべファーム別邸」を経営しています。

事業統括として、さまざまな方と力をあわせて安心院をコツコツ盛り上げていきます。

東京支所長・りゅうたろう

いろいろなことに探究心いっぱいの長男です。飛行機や電車など乗り物が大好きで、魚釣りやお墓めぐりにも熱中しています。

東京で働きながら、安倍家のヒストリーを研究しています。さまざまなつながりや知恵を生かして、あべファームを支えています。

会計を修行中・りょう

健康志向で食に詳しい三男です。東京の大学を卒業して、大手の食品小売業で実務を積みました。その後、新聞記者に転職し、行政担当などとして活躍してきました。

現在は北九州の税理士事務所で働きながら、財務や会計を学んでいます。将来的にあべファームを財務面から支えていけるように修行を積んでいます。

キッズだいひょう・みっちゃん

東京で小学生をしている姪っ子です。毎年正月やゴールデンウィーク、夏休みに帰ってきます。

安心院が大好きで、大きくなったら野菜を作る人になるのが夢です。友だちに「あじむにいこうよ!」と声をかけています。

サポート・よしみ(叔母)

明るく楽しい叔母です。東京で看護師として働いてきました。各地を行き来しながら、料理やおもてなしなど、あべファームをサポートしてくれています。

心と身体を整える足圧マッサージ師としても活動しています。きてくださった方に心身リラックスできる時間をお届けしています。

安心院とはどんな場所?

 大分県北部にある昔ながらの農村地域です。大きな湖が干上がってできた盆地で、水辺に育つ芦(あし)がたくさん生えていたことから「芦生(あしうむ)」と呼ばれていたことが地名の由来のようです。

 朝と夜に冷え込む盆地ならではの気候を生かして、1960年代からブドウの産地として開発されました。多くの人の努力によって現在は、九州の中でトップクラスのブドウとワインの産地として有名になりました。

 名物のスッポン料理や、岩に掘られた磨崖仏(まがいぶつ)、ユニークな絵柄が楽しい鏝絵(こてえ)など興味のひかれる文化がたくさんあります。全国に先がけてグリーンツーリズム(農村民泊)の活動が始まった地でもあります。

あべファームのロゴに込めた思い

 地域とともに生きる決意を込めて、私たちは2026年4月にロゴを作成しました。家族みんなで1ヶ月以上かけて話し合い、デザイナーの方と何度も打ち合わせをしながら完成させました。

 父・とおるの好きな由布岳と鶴見岳の風景。安心院を流れる3本の川。朝霧の光景。安心院ならではの風景を安倍家の家紋で囲みました。

 私たちは豊かな自然に恵まれた安心院とともに、この地の発展の一助になれるよう家族で力を合わせます。